ヨモギサワ・ヨコボリ・ヒロフサ

思考の結果を徒然なるままに…

大学卒業後の職歴②(2010年〜2016年3月)

先週のつづきです。

 

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市進での私の仕事ぶりですが、自分に都合よく書いてしまいました。

 

でも、私の国語の授業を見た同僚(教室長や地区長(ブロック長))で私が何をやっているのか理解した人は皆無でしたし、算数の授業やり方では多くの保護者からご意見(クレーム)も頂いてましたので、辞めるべくして辞めたという訳です。

 

・小4の国語の授業では子どもにノートを取らせない

・基本的に国語の問題はやらせない

・算数は問題のやり方を解説する前に問題を解かせる

 

などなど、市進が目指す「金太郎飴クオリティ」を乱していたのは間違いないでしょうwww

 

それでも、明確な意図を持ってやっていたと自己弁護しておきますw

 

 

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そんなこんなで市進を辞めた訳ですが、理系大学進学を目指して学習に専念したかといえばそうではなく……。

 

結局、プライベートでゴタゴタして、新聞配達も辞め、群馬に戻り、第一次引きこもりを始めたのであります。

 

そんな2010年の4月。

新聞配達の最終日は大雪でございやした。

 

引きこもりといっても、学習には身が入らず、また「フランスに行きたい」というこれまた高校時代からの野望が再燃し、飛行機のチケットを買い……。

 

これで出発出来ていたら、私も少しは「役に立てる機関車」になれたのに?!

 

これまたプライベートでゴタゴタし、海外脱出の計画は失敗に終わります。

 

そう、ヨモギサワは「やらない選択肢への判断」はとても早いのでござる。

そう、レベルの高い「やらない人間」なのですwww

 

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そんなこんなで2010年9月。

何もしないでいるのもなんだし、就職活動なんてものをしてみる事になります。

 

①快活クラブ

まず応募したのは漫画喫茶。

応募理由は「マンガ好き」、「快活クラブ好き」、「もっと居心地のいい快活クラブが欲しい」。

それだけ。

エントリーはホームページから。

面接日が決まるまでに1週間。

初の本格的な就活という事もあり、面接で有休について聞くというミス(この面接後に見たタウンワークで知る)。

その後、結果が出るまでに1週間。

もちろん結果は不採用でございました。

 

自分の世間知らずさ加減にウンザリしつつ、就活をなめすぎていた自分を改めるためにハローワークに通ってみる事にしました。

 

②はじめてのハローワーク

当時住んでいたのは多摩市。

そこのハローワークに通ったのですが、ここでも致命的なミス。

なんと、自分の携帯番号を誤記入してしまいました。

半年間、社会との接触無しに生活していたツケが……orz

 

気合いをもう一度入れ直す必要があったので、どんな職種で就活するのか考える事にします。

「お前は営業に向かない」

当時(現在も)よく言われていた言葉。

「せっかく就職するなら、出来ない事を出来るようにしたい。」

そんな想いで、営業職をメインに就活する事になります。

さらにリクナビにも登録!!

そしてこの時期から単発ではなく、複数同時での応募を始める。

 

③ケーブルテレビの営業職

ハローワークで応募した会社。

社長さんはジーンズ会社の営業やっていた人が立ち上げたばかり。

「個人向けの問屋になりたい」

と仰っていたのが印象的だった。

エコバッグを使っていた私に就活用のバッグを買うように忠告してくれたのも嬉しかった。

「もし他に決まらなかったら来て下さい」

と言われていて断りの電話をした時、

「それでも何かあったら連絡下さい」

と言ってくれたのもありがたかった。

 

リクルート関連会社

リクナビに登録して営業職を希望したら、リクルート関連会社の営業職も多く募集をかけていたので応募してみた。

パソコンを使ってネット上で学力試験を受けたのだが、出来が悪かった(紙と鉛筆になれすぎでして……)のを覚えている。

結果は全部不採用でございました。

 

「あなたにとって、この会社で働いても思った通りの仕事はできないかもしれませんよ」

「それは、自分で必要だと考えているので私の人生への配慮は必要ないです」

 

「働き始めた時に、自分でノルマを決めるとしたらどの程度のノルマを設定しますか」

「自分の実力で出来ると思う1.3倍くらいで設定します」

「そんなんじゃウチに入ってもついて来れませんよ。2倍〜3倍を設定して頂かないと」

「そのノルマをみなさんは消化できているのですか」

「みんなヒイヒイ言いながらやってます」

「そんなノルマ設定に何の意味があるのですか」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

「何か質問はありますか」

「15万円で広告を載せると仰ってましたが、それを上回るメリットがないとお店潰れますよね。その辺はどうしているのですか。返金したりするのですか」

「そうならないように頑張っています」

「あ〜、そうなのですね・・・・・・。ありがとうございました」

 

みたいなやり取りばかりしていたのだから、そりゃ、全部落ちるわwww

 

⑤その他

飲食業、不動産業、アメブロ運営会社などに応募しては落ちた。

 

この時の就活で分かったのは、

リクナビに登録すると頭数稼ぎの応募を沢山させられる。

・どんだけ応募して不採用になっても、結局、不採用になった理由が分からないのでなんの成長にも繋がらない。

・なんの成長にも繋がらないのに、不採用になったダメージは大きい。

といったところかしら。

 

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さて、リクルートから独立した人が立ち上げ、タウンワークの広告営業の下請けをメインにやり、幼児向け英語教育など行っている会社への就職が最終的に決まった。

 

この会社の話は何度か書いた事がありますが、改めて書いておきます。

 

・「君だけ1時間遅いねぇ」

9時出社という規定だったので8時に出社していたら3日目に言われた言葉。

ちなみに4ヶ月先輩が1人、同期が1人いた。

「売り上げに貢献出来ないのだから、せめて早く来い」という考えだったようだ。

ウケるwww

 

・「やりたければ勝手にやっていいよ」

「ウチの広告作ってもらおうかな。今度、詳しい話を聞かせてよ」と言ってくれたので会社に持ち帰ったら社長に言われた言葉。 

入社して5日目くらいから一人で営業にまわっていた。

「『タウンワークに広告をのせるお手伝いをする会社です。』ではなく『会社名を宣伝してきなさい』」的な事を言われ、さらに名刺にタウンワークの商品以外にも「チラシ・宣伝・コンサルタント」といった事も書いてあったので、そう説明して回っていた。

いま思い返しても、意味不明であるwww 

「ウチは、タウンワークの求人広告が主だから。」

この言葉で、この話は終わった。

ウケるwww

 

・「早ければ早い方がいい」

幼児向け英語教育事業をなぜやっているのか聞いた時に返ってきた言葉。

一方で「日本の教育は素晴らしいから、輸出した方がいい」だの仰るのだから、冗談きつい。

ウケるwww

 

・「表情が暗い」

営業に回り始めるようになって、朝、会社で考え事をしながら掃除している時の表情を咎められた。

この言葉は私に退職を決意させたのだが、詳しい理由は忘れたwww

 

これが2010年12月中旬。

たった2週間のサラリーマン生活であった。

 

もちろん、プライベートのゴタゴタを話さなかったり、通勤電車が我慢ならなかったり、5時に起き、6時に家を出て仕事をし、24時に帰宅、25時に寝るという生活が続けられなかったり、という私自身の問題も多かった。 

 

直後、市進への復帰を目論み、年明けに2次面接が決定。

そんな中、明けた2011年。

プライベートのゴタゴタが決定的となり、また群馬に引きこもる事に!!!

 

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第2次引きこもりの頃から、自分の来歴を振り返るようになった。

 

そうして感傷に浸っているなかで起きた東日本大震災

 

【この件について先日書いたが、過去記事がうまく貼れないのでそのうち貼ります】

 

6月になって、やっとこさ東北に行く事が出来たが、何も出来る事は無かった。

その後、海外旅行をし、9月からまた働き始めた。

 

いわゆる「フリーター」って生活が始まる。

 

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丸亀製麺

 

店長以外全員バイト(なんか「パートナー」とか呼んでた)

内部統制なんて何もない。

みんながみんな「自分の店」とばかりに好き勝手…。

バイトなのに上司に気に入られようとするって何なんだろ?

「褒められたくて仕方ない」、「絶対に怒られたくない」、そんな仕事の仕方。

 

それでも最初に会った店長は面白い人物で、一緒に働けてよかった。

でもその店長以外は、どうしようもなかったwww

面白い店長も事務仕事は全然してなかったらしいけどw 

 

ホント、凄まじい事ばかり行われていた。

・シフト通りに働かせるためにバイト同士でタイムカードを切らせサービス残業をさせる

・私が作ってもらったバイトの連絡ノート(いろいろ店の文句を書き連ねていた)を捨てさせる

・「使えない人間」と勝手に評価してシフトを入れずに辞めさせる

・時間を超過したバイトの労働時間を勝手に削る(これはマネージャーの問題)

・15分以上の残業を申請して承認を受けないと支払わないシステムを採用する(これは本社の問題)

・組合費だけ徴収し「お食事券」を配る事を誇りとする労働組合(これは組合の問題)

挙げればキリがない?! 

 

ちなみに丸亀では半年ごとに店舗を変え、合計3店舗で働いた。

新店オープンも協力した。

 

ざるうどんの容器にカビが生えていてネットが炎上したのも、ちょうどこの時期。

バイトだけでやっている店の掃除は基本的に雑だった。

当時の話なので、今どうなっているかは知らない。

 

私は面白い店長さんが他県に異動したので、それを機に辞めた。

 

勝手に退職届をダウンロードし提出したのに、何も言われなかった 。

ウケるwww

 

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そうそう、働き始めて半年くらいたった頃に就活をした。

2012年5月から 7月の話。

 

きっかけは丸亀の社員さんに「一緒に働こう」とお世辞を言われて、その気になったから。

 

丸亀製麺の面接では

「バイト同士しかいないのにサービス残業をさせるのはオカシイし、何年も同じ仕事しかさせないのは教育体制の不備でしかないので、そこを改善したいと考えています。教育スキルを持っている私には出来ると思います」

なんて事を言ったら「生意気」という理由で不採用となったwww

それでも、この後、バイトとして1年近く働いたのだから、我ながら頭オカシイwww

 

他に、いくつかの塾を受けてみた。

 

・赤堀の「志学館」という個人塾

ハローワークで見つけて、応募。

一旦、採用される。

しかし、出社1日目に「いつか大学受験をしたいと考えている」と話したら、「一緒に長くやれない事を隠していたので辞めてもらう」と連絡が来た。

なんで「試用期間」の不採用事由も知らない人間がハローワークに求人出しているのか…。

というか、面接で自分たちの求める人材の条件をチェックも出来ない人間が教育をやっているのにはビックリした。

ウケるwww

 

私はこういう類いの「バカ」(自分の無知を省みないタイプの人間)とは関わりたくないので、その旨を文書にしてもらいごねる事なく辞めた。

 

・前橋の「心水塾」

当時はホームページに「社会(理科だったか?)のノート作りは効果的な勉強方法です」なんて書いているイタいイメージの塾www

実際はどうか知りません。

だって不採用だったからwww

筆記試験が全然出来ていなかったのかもしれませんねw

 

・「USUI」(ウスイ)という塾

「教えるとは、教えない事」という私の考えに近い話をしている塾だったので、楽しみにしていたが不採用でした。

英語の模擬授業をやったのだが、英語学習の考え方は私の考えと全然違った。

なんか「ネイティブ」を育てるつもりらしい。

私はあくまで「第二言語としての英語」しか教えないし、教えられない。

 

・太田の「英進」

20名ほどの講師の皆さんの前で英語の模擬授業をさせてもらった。

私の「漢文風英語教授法」を披露したら興味を示してくれる方もいらっしゃって、嬉しかった。

バイトとしての応募し採用してもらったのだが、ちょうど丸亀の結果待ちということもあり断らざるを得なかった。

 

・ほかにも明光義塾やスクールIEにも申し込んだが、対応はまちまちで、申し込んでも連絡をよこさない塾もあれば、面接の際に「合否に関わらず電話する」といっていたにも関わらず連絡をよこさない明光義塾があった。

その一方、とてもとても丁寧に断りの電話をしてくれた、みどり市明光義塾もあったりもした。

 

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この就活の結果、丸亀のバイトと早稲田育英ゼミナールでのバイトというダブルワークフリーターとしての生活が始まる事になる。

結局バイトかよ!!

 

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早稲田育英ゼミナール(夢・みらい館)

 

オーナーは足利の中小企業の社長(何の会社かは忘れた)。

塾長はSEっぽい仕事を請け負う個人事業か何かの代表。

学習塾、デイサービス、保育園の複合型施設を始めるという事で、面白そうだったので働いてみる事にした。

 

・早稲田育英ゼミナール本部から派遣されてきた社員

確かイニシャルはSだったはず。

私以外は、講師未経験の大学生・院生が採用されていた。

そんな彼らのための研修で彼が話した話は「昔教えていた子を学校のテストが近いので塾に呼んで勉強させたら、何もしないで座っているだけ。理由を尋ねたら『何も持ってこなかった』というので、思い切りビンタをしてやった。そのまま生徒は帰らせて、親に電話で顔が腫れている理由を説明した。そういう事が何度かあって、その子の成績はちっとも上がらなかったけれど、親には『一生懸命面倒みてくれてありがとうございます』と感謝された事がある。」という話。

他にも、研修で話すのは「どうしておけば親から文句を言われないか」という話ばかり。

こいつが特別なのか、全員そんなものなのかは分からないけどスサマジイ話である。

ウケるwww 

 

・マニュアルも講師用教材もない塾

市進は一応オリジナル教材、オリジナルマニュアルがあり、すべて一部ずつ講師に配られていた。

しかし、早稲田育英ゼミナールには教室据え置きの教材がワンセットあるだけで、マニュアルは存在しなかった。

 

・「ヨモギサワさんのやり方を広めないで下さい」

その塾で仕事を始めて、1ヶ月で塾長から言われたのがこの言葉である。

英語の教授法、国語の教授法を大学生達に軽くレクチャーしたり、天声人語を読ませている大学生に「天声人語は連想ゲーム的な文章なので、文の構造や読解の練習には向いてない。短めの説明文で練習させた方がいい。」と言ったりしていたらこう言われた。

「ひとつのやり方に拘らず、講師それぞれのやり方で教えて行く塾にしたいので…」という理由だった。

素人さんの発想…。

ウケるwww

ま、私が一人で勝手にやっている分には問題ないとの事だったので、なるべく他の講師とコミュニケーションを取らないようにし、丸亀製麺が忙しい事を理由に塾の仕事はあまり入れないようにした。

 

・「オーナーの話を聞かせて下さい」

これは何度も塾長に要望した私の言葉。

文書にして提出もした。

それでも一度も返答をもらった事はなかった。

今となっては、オーナーが拒否していたのか、塾長が話を上げていなかったのか不明である。

ウケるwww 

 

・ただ開かれただけのバーベキュー会

塾が始まって最初の夏休み、塾の敷地内でバーベキュー会が開かれた。

しかし、塾に通っている生徒、その保護者、講師、オーナーの会社の社員が集められただけであった。

「人を集めただけで、何かが始まると思っている人って本当にいるんだ…」とビックリした。

ちなみに塾長は肉を焼いているだけで、生徒とも保護者とも大して会話せず。

オーナーは自分のところの社員と喋っているだけ。

「この会は何のために開かれているのですか」と保護者や生徒に聞かれても、苦笑するしかなかった。

私はこの一件で、ここの事業を見限った。

 

もちろん、せっかく縁があったのだから、もし会話ができるならと「オーナーの話を聞かせてください」という要求は続けたが、結果は上記の通り。

 

群馬で働き始めてから、「バカ」な大人にしか会わない事にウンザリし始めたこの頃。

 

・すごい大学生

そんな塾でも、講師の大学生たちは頑張っていた。

iPadを使って授業を組み立てている子がいたり、予習をしっかりやって教えている子がいたり、と若い世代はやっぱりすごかった。

ただ、その上司が何のアイデアも持っていなかったのが本当に残念。

 

・もう一人の社員

私が採用されたとき「もし働きぶりがよかったら正社員にします」と言われていたのだが、当然の事ながらその話は無かった事になり、新しい社員が別に採用され入社してきた。

その方は、いろんなアイデアとそれを実現する術を持っている方で、私なんか及ばない実績をお持ちの方であった。

 

この人に出会えた事と、すごい大学生の姿を見られた事がこの塾で働いてよかった事である。

 

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当時のマイ流行語は「帯に短し、襷に長し」「私を四字熟語で表すと不良債権」だった。

 

そんな2012年の7月〜2013年4月。

 

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塾で初めて高校生に教えたら、理系科目の未熟さを痛感した。

 

全然教えられない……。

 

本気で勉強しないとな…。

 

理系大学目指すか。

 

なんて事で引きこもる事に。

 

結局、失敗しましたけどね。

 

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2014年度は働きながら勉強する事に。

 

バイトで選んだのは「ヤマザキパンの伊勢崎工場」。

パンは作ってないけれど、お菓子やパンの中に入れる具、カレーなどを作るヤマザキパンの工場。

 

時給は1000円(1ヶ月後に100円アップ)。

土・日はさらに100円アップ。

基本一日4時間しか働かなくても10万円に届く。

 

丸亀では時給900円、830円、850円の店舗で働いたが、土・日・祝日も時給は変わらなかったので10万円に届かせるのもやっとこさだったので、これは驚きだった。

 

さらには、サービス残業も無ければ、誰かをフォローする必要もなく、一人一人が与えられた仕事を黙々とこなせばよい(もちろん、手が動いていればおしゃべりしても問題ない)。

 

単純作業が主なので、作業はすべて改善し尽くされており、言われた事を言われたようにやるだけで問題ない。

そんな職場はとても居心地がよかった。

 

さらに、みな私よりも動きが速く、私より仕事が出来る人たちばかりだった事も、居心地がよい一因だった。

 

「教育者として生きる」や「もっと勉強したい」という目的がなければ、居心地がよすぎて、一生続けてしまいそうな仕事であった。

 

目先の生活には困らない。

それだけの収入も確保できる予感はあった。

 

とはいえ、センター試験前に辞めた。

 

それでも試験は出来なかった。

ウケるwww

 

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そして、大学受験専念を理由に引きこもりを始めたのが2015年2月。

 

全然、学習に専念せず、Twitterをみたり、「俺通信」を毎週投稿してみたり、好き勝手やらせてもらった。

 

8月〜10月は、群馬に出来たLGBT支援団体「ハレルワ」というところに参加してみた。

 

自分より若い世代の人が立ち上げた団体だったので、どんなロジック、どんなスキルを持っている人たちなのだろうと興味深かったのだが、そうしたものは無かった。

 

・渋谷区の「同性パートナーシップ制度」を利用するのにお金がかかる事も知らない。

・「同性婚」制度確立のための運動も考えているという事で、私が「マイナンバー制度や戸籍制度の調査」を提案しても、「一人で頭に血が上っているようだ」と却下される。

・団体に持ちかけられた相談内容を、会員全員で共有する。

群馬県議が委員会でLGBTに対する侮蔑的発言をしたら、団体の名前を使って政党支部に勝手にクレーム電話を入れる。

 

そういった事が続いたので、「こんな事を続けていると人を殺す事になりますよ」、「他人の人生はあなた方のオモチャではないのですよ」という事を10月頭から言っていたら「そういう事を言っていると、こちらは辞めてもらう事も考えなければ…」なんて言い始めたので、「お騒がせしてすみませんでした」と言って団体から抜けた。

 

2015年10月末頃の話。

 

ちなみに、このハレルワは「当事者団体」としては素晴らしい団体だと思います。

一人きりでクローゼットに籠っているよりは、何人かで入れるクローゼットに拡張した方が気持ちが楽になるのかもしれません。

ただ、そのクローゼットはナルニア国につながっているのかしら?

私にはわかりかねます。

 

私にとって、LGBTの話は「人権問題」の一環と考えています。

つまり、制度・慣習・文化と複雑に絡み合う問題だと考えており、確たる知識、戦略を共有して問題解消に努めて行きたいと考えています。

そんな私とハレルワとは方法論が違うので、離れるのは自然な話。

 

ハレルワの「当事者性」は私には提供出来ないものなので、ぜひ「当事者団体」として頑張って頂きたいものである。

 

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結局、大学受験は失敗www

 

とにかく、どうしようもない…orz

 

ただ、おかげで高校課程の学習はできたので、塾を開く事は出来そうである。

 

これが2015年3月現在の状況。

 

さて、どこまで通用するのか?

 

ま、楽しみね。。